触覚センサの研究開発動向とこれからの展開(2)

電気通信大学  名誉教授
下条 誠

4. 最近の触覚センサの研究開発動向

4. 1 新製法&新材料の利用

(1)E-skin: 近年、皮膚のような特徴の実現を目的としたE-skin(Electronic skin)の研究開発が盛んである2)3)。E-skinは印刷技術によりフレキシブルなフィルム上に有機トランジスタなどを用いて検出素子と電子回路とを作成したものであり、低コストで、大量生産が可能な特徴がある。
有機半導体は、インクジェット法などの印刷技術で、高分子フィルムの上に容易に製造できる。また大面積で低コストな電子部品が作製可能であり、軽量性と柔軟性を兼ね備えた、伸縮可能な触覚センサなどが開発されている。このため曲面などへの実装が可能であり義手、ロボットなどへの利用、その特徴を活かしたwearable sensor など様々なIoT 機器への応用が模索されている。
図3にはその例を示す5)。薄さ(2 µm)の有機トランジスタ集積回路を、1.2µm厚のポリエチレンテレフタレート基板上に作製したフレキシブルな回路で、4.8×4.8cm2のアクティブエリアに144 (12 ×12) セルを搭載している。図のように肌のような自由曲面に貼り付けることが可能で、センサは電気的・機械的特性の劣化がほぼ無く233%まで伸長可能とのことである。

図3 有機半導体を用いた薄く軽量で伸縮可能な触覚センサ(Someya et.al)5)

このほか、検出素材として、ナノチューブ、グラフェン、硫化モリブデンが利用されるなど、新たな変換材料の試みも行われている。また、力、近接距離、温度、湿度など各種検出器をフィルム上に製作することで多角的センシングを行う試みも行われている6)
ただし触覚は接触により情報収集を行う。このため伸び、縮み、擦り、打撃などに対する物理的耐久性や、水,油、湿気などの浸透に対する化学的耐久性が重要となる。E-skin に関して、現実の環境での実績に関して筆者は残念ながら知らないが、最近開発が進んだこともあり長期間に渡る安定性については未知の部分があると思われる。

(2)E-textile: E-textileとは、導電性高分子繊維、炭素、金属などで表面修飾した繊維を撚り糸状や布状に織り上げて、触覚センサとしたものである4)
静電容量変化から力を検出している例を図4に示す7)。図のようにケブラー繊維を導電繊維でコーティングし、その上を誘電体であるPDMDで覆った導電繊維を交差させて用いる。
交差部は導体間に誘電体が挟まれたキャパシタを形成し、力によって誘電体部分が変形するため容量が変化し、力を計測する。

図4 PDMDで覆った導電繊維を交差させ、導体間の静電容量変化により力を計測する( J. Lee et.al.) 7)

このように検出原理は、編上げた繊維間の静電容量や接触抵抗の接触力による変化から荷重を検出する。織物としてセンサを構成する方式は、製作が比較的容易で安価に作れ、大面積化が容易、柔軟性もあるなどの特徴を有する。このため現在wearable e-textile として、ヘルスケア、スポーツ、ゲームなどの分野での利用が行われている。また、ロボットでは空間/強度分解能が低くても良い部分などへの利用は適当であろう。

4. 2 モジュール化

近年モジュール構造としたセンサでロボット全体を覆い、各モジュールを階層的バス方式で接続する触覚センサがある。例えば、実際にロボットに利用されたセンサとしては、iCub skin(図5)、HEX-O-skin(図6)などがある。
iCub はフレキシブル基板上に電極を作り、誘電体を挟んだ静電容量式である8)。図のように電極を三角形状とし物体をこのパッチで覆う。この三角形中には12 個の検出点があり、I2C 経由で検出データを転送している。
静電容量式は薄型で構造がシンプル、誘電体により検出感度などの特性を変更可能、静電容量検出専用の計測ICがあるため利用しやすいなどの利点がある。しかし、静電容量式では、対象物の材質や体積によってもセンサ出力が変化し、特に検出物体と地面の間での接地状態にも依存してセンサ出力は変化するため、物体に依存せず距離・姿勢を計測することは難しい。また電磁ノイズ、温度の影響を受けやすいなどの欠点がある。

図5 静電容量型触覚 iCub skin (A. Schmitz et.al) 8)

HEX-O-skin は一辺が14mmの六角形構造の中に荷重、近接、温度、加速度センサおよびMPUを含む9)10)。各六角形はポートで隣接モジュールに接続し計測データを伝送する。実装はこの六角形構造でロボット腕等を覆うことを想定している。ただし、PCB 基板を用いているため柔軟性は低いようだ。

図6 複合型センサ HEX-O-SKIN (Cheng et.al.)9)10)

次週に続く-

参考文献

2) T. Yang, D. Xie ,Z. Li, H. Zhu: Recent advances in wearable tactile sensors: Materials, sensing mechanisms, and device performance, Materials Science and Engineering: R: Reports, vol.115, pp.1-37, 2017.

3) M. Park, B. Bok, J.H. Ahn and M.S. Kim: Recent Advances in Tactile Sensing Technology, Micromachines, 9(7), 321,2018.

4) C. Gonçalves, A.F. da Silva,J. Gomes and R. Simoes: Wearable E-Textile Technologies: A Review on Sensors, Actuators and Control Elements, Inventions, 3(1), 14 ,2018.

5) M. Kaltenbrunner, T. Sekitani, J. Reeder, T. Yokota, K. Kuribara, T. Tokuhara, M. Drack, R. Schwödiauer, I. Graz, S. B. Gogonea, S. Bauer & T. Someya, An ultra-lightweight design for imperceptible plastic electronics, Nature 499, 458–463, 2013 https://www.youtube.com/watch?v=4oqf–GMNrA

6) Q. Hua, J. Sun, H. Liu, R. Bao, R.Yu, J. Zhai,C. Pan & Z.L.Wang: Skin-inspired highly stretchable and conformable matrix networks for multifunctional sensing, Nature communications, 9:244, 2018.

7) J. Lee et al., Conductive Fiber-Based Ultrasensitive Textile Pressure Sensor for Wearable Electronics, Adv. Mater., 27, pp.2433–2439, 2015

8) A. Schmitz , P. Maiolino, M. Maggiali, L. Natale, G. Cannata and G. Metta: Methods and Technologies for the Implementation of Large-Scale Robot Tactile Sensors, IEEE Trans. Robotic, 27(3), pp.389-400, 2011 https://www.youtube.com/watch?v=yQGXYGS0Ojo

9) P. Mittendorfer, G. Cheng: Humanoid Multimodal Tactile Sensing Modules, IEEE Trans. Robotic, 27(3), pp.401-410, 2011.

10) Florian Bergner ; Emmanuel Dean-Leon ; Gordon Cheng, Event-based signaling for large-scale artificial robotic skin – realization and performance evaluation, IEEE/RSJ Int. Conf. on Intelligent Robots and Systems, 2016 https://www.youtube.com/watch?v=H66vDX3wAZQ

【著者略歴】
下条 誠(しもじょう まこと)
1976年 東京工業大学 総合理工学研究科 精密機械システム専攻修了
1976年 通商産業省工業技術院 製品科学研究所
1985年 – 1986年 スタンフォード大学 客員研究員
1993年 通商産業省工業技術院 生命工学工業技術研究所
1997年 茨城大学工学部情報工学科 教授
2001年 電気通信大学 知能機械工学専攻 教授
2016年 東京大学 大学院情報理工学系研究科 特任研究員
現在に至る



専門分野
ロボティクス・メカトロニクス研究、特にロボットハンドと触覚センシングの研究を行っている。具体的には、視覚と触覚情報を補完する近接覚センシング、薄く柔軟なすべり覚センサの研究、これらセンサを取付けたロボットハンドの研究開発など。