スポーツセンシング(1)

仰木裕嗣
慶應義塾大学政策
メディア研究科
兼 環境情報学部 教授

スポーツセンシングの進化を支える基盤技術

スポーツセンシングの世界が好況である。そこには2つの大きな潮流が存在する。一つはウェアラブルデバイスであり、もう一つは映像解析である。本稿では身体のセンシング技術と外界からスポーツを観測する映像関連技術の二つを主にとりあげて、スポーツセンシングの現状と未来予想を述べたい。

1. ウェアラブルデバイスの進化

筆者はウェアラブルデバイスの開発に関わってきたが(図1)、過去四半世紀にわたるスポーツセンシングの進化には鍵となるいくつかの基盤技術の発展が大きな役割を果たしていると考えている。

図1:慶應義塾大学とセイコーエプソン社との共同開発「M-Tracer」1)

慣性センサを主軸として開発してきた筆者の私見であるが、(1)センサの小型化、(2)無線技術の進化、(3)省電力技術、の3つを特に強調したい。1991年にアナログデバイセズ社がMEMS技術による1軸加速度センサADXL50をエアバッグのために開発して以来、2軸・3軸加速度センサ、引き続いてジャイロセンサと地磁気センサが共に3軸での計測を確立し普及している。 TDKは慣性センサの主力メーカーであったInvenSense社を買収し、3mm×3mm×1mmのチッップに9軸センサと専用CPU、さらには温度センサさえもが内蔵されている製品を販売している2)。またスマートフォンには同様にディスクリートである場合もあるが9軸センサ機能が実装され、GPSの使えない屋内での測位にも用いられ始めている。

ウェラブルデバイスのなかでも先行して普及したものの代表は心拍数を測るデバイスである。「ポラール」と言えばスポーツ関係者の間ではすでに心拍計という認識が普及しているが、当初は腕時計型デバイスからのデータ回収は赤外線通信のIrDAであった。現在ではBLE5.0に進化したBluetoothが主流となりつつあるが、現実世界では必ずしも常に頑健な運用ができているとも限らない。2.4GHzを使う通信にはほかにもWiFi・ZigBeeがあり展示会などで明らかになるのは、多くの人々が同時にウェアラブルデバイスを使うと電波が混み合っていてまともに動作しないことである。とはいえ、小型化にはアンテナ長の短いことも必須条件であることから、遠くまで飛ばすことのできる920MHz帯域の無線通信に移行するとも考えられないので今後もさらなる無線基盤技術の開発は進められるであろう。

ウェアラブルデバイスの進化で見逃せないのは、省電力技術である。リチウム電池の進化もさることながら、マイクロプロセッサーはもちろん、MEMSセンサ自体の消費電力は飛躍的に低下している。東芝のウェアラブルデバイス用プロセッサTZ1200に代表されるように、専用IC内にARM CortexコアのCPUと共に計装アンプと24bit A/Dも搭載することで常時通電することで劇的に消費電力を低減している製品も登場している3)

振動などによる発電、エナジーハーベスト技術の進化に伴いバッテリーレス計測もそう遠くない日に実現しそうである。東北大学中村研究室と我々慶應義塾大学とで進められている研究、「飲む体温計」は胃酸で発電し深部体温を無線によって体外に送信するという近未来センシングデバイスである(図2)4)

電池も全固体電池、さらには切って使うことのできる太陽電池や繊維状の太陽電池なども登場してウェアラブル市場に乗り込んでくることが予想される。

図2:飲む体温計。東北大学中村力研究室提供

図3は、現在ウェアラブルデバイスによって観測することができると考えられる物理量や生体情報の一覧である。これほど多くの変量がすでに観測できることに驚きを隠せない。しかしながら、まだまだ得られる変量のもつ深い意味まで考慮した上での利活用がなされているとは思えない。なぜ、その変量を観測したいのか?ではなく、なぜその変量でなければならないのか?という心構えで計測に臨まなければならないと筆者は考えている。これは昨今の大規模データをとにかく収集して機械学習にかければ「何かがわかる」という考えとは逆行するが、「小型・無線通信・省電力」を満たすことが絶対のウェアラブルデバイスでは、必ず克服しなければならない課題である。

図3:ウェアラブルデバイスで観測可能な変量

次週に続く-


著者紹介

氏名:仰木 裕嗣(おおぎ ゆうじ)
出生:1968年1月 福岡県北九州市生まれ

慶應義塾大学政策・メディア研究科兼環境情報学部 教授
慶應義塾大学スポーツ・ダイナミクス・インフォマティクス・ラボ代表
慶應義塾大学スポーツ・アンド・ヘルスイノベーションコンソーシアム代表

職歴
1997年4月 SPINOUT設立代表(~現在:個人事業としてのスポーツ研究支援会社)
1999年4月 慶應義塾大学環境情報学部嘱託助手
2001年4月 慶應義塾大学環境情報学部専任講師(有期)
2005年4月 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科兼環境情報学部助教授
2007年4月 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科兼環境情報学部准教授
2016年4月 慶應義塾大学政策・メディア研究科兼環境情報学部教授
2007年3月 豪Griffith University, School of Engineering, Center for Wireless Monitoring and Application, Honorary Associate Professor

専攻分野
スポーツ工学・ スポーツバイオメカニクス・生体計測・無線計測

賞罰
2002年6月 第9回国際水泳科学会議 アルキメデス賞(若手奨励賞)日本人初
2003年2月 TUM Academic Challenge Award, 競技スポーツ部門賞

特許M
・コースガイド(特許出願2005-130243、特許公開 2006-304996)
・ゴーグル(特許出願2005-314855、特許公開 2007-124355)
・エネルギー消費量報知装置(特許出願2009-098373)
・スイング動作評価方法、スイング動作評価装置、スイング動作評価システム及びスイング動作評価プログラム(特許出願2008-299478、特許公開2009-50721)