非冷却赤外線イメージセンサ④

立命館大学 理工学部特任教授
木股雅章

新応用で代表的な製品は、スマートフォン用赤外線カメラである。従来の赤外線カメラの価格帯は安いものでも数十万円であり、スマートフォンのアクセサリーとしての製品を実現するのは難しいと考えられていた。この状況は、画素ピッチが小さい小画素数の非冷却赤外線イメージセンサが開発されたことで大きく変化し、2014年には最初のスマートフォン用赤外線カメラの販売が始まった。

図6にスマートフォン用赤外線カメラの市場投入推移を示した5)。最初のスマートフォン用赤外線カメラはFLIR SystemsのFLIR ONEである。このスマートフォン用赤外線カメラはiPhoneに装着して使用する赤外線カメラで、画素数は80×60画素である。FLIR Systems社に続き、イスラエルのOpgalと米国のSeek Thermalが1年以内にこの市場に参入した。Seek Thermalの製品は、北米では$199で販売され、個人が赤外線カメラを購入できる時代が始まった。現在では、少なくとも6社がスマートフォン用赤外線カメラを製造販売している。

図6 スマートフォン用赤外線カメラ市場参入推移

数量の多いスマートフォンへの搭載が始まったことで、新市場としてスマートフォン用赤外線カメラ分野が脚光を浴びている。しかし、赤外線カメラがスマートフォンに標準搭載されるまでにはかなりの時間を要すると考えるのが妥当であり、直近の急拡大は期待薄である。そうした状況を考慮すると、スマートフォン用赤外線カメラを製造しているメーカの当面の狙いは、スマートフォン用赤外線カメラの市場を拡大してゆくことではなく、その中に使われている小型のカメラコアを販売することで、赤外線イメージングシステムを事業とする企業を増やし、パイを広げることにあると思われる。

赤外線カメラコアとして代表的なものにFLIR Systemsが FLIR ONEに使用した赤外線カメラコアLeptonがある。この赤外線カメラコアのサイズと質量は、それぞれ8.5×8.5×5.9 mm3と 0.5 gで、 2枚のシリコンレンズと14 bitのA/D変換器を含んだ信号処理用ICが集積化されている5)。この赤外線カメラコアの発売開始当初の価格は$250であったが、現在はさらに低下しているものと思われる。補正機能まで集積化した赤外線カメラコアが利用できるようになったことで、赤外線カメラに関する技術障壁が大幅に低減され、赤外線技術の経験のない企業の参入が増え、市場の活性化が進んでいる。

5.おわりに

非冷却イメージセンサの性能改善は着実に進み、画素ピッチは回折限界に近づいてきた。解像度がフルハイビジョンに対応する素子も既に開発されている。高性能化と並行して、低コスト化の努力の成果が現れており、車載赤外線ナイトビジョンシステムやこれまでになかった新市場で急速な伸びが予測されている。非冷却赤外線イメージセンサビジネスの今後の発展を注視したい。

参考文献

5) M. Kimata, IEEJ Trans, Vol. 13, pp. 4-12 (2018).