流体計測技術の歴史と将来像

大木 眞一(おおき しんいち)
日本工業大学 特別研究員
大木 眞一

1.はじめに

 計測技術の分野において、流体計測は対象となる流体現象を解析・利用して発展してきた歴史があります。 今回は、私が計測制御メーカで流量計・流体計測の開発設計の仕事に長年従事してきた経緯、および現在も流体計測の分野で研究活動を継続している経験をもとに、流体計測技術の発展の歴史と将来像について私感を交えながら述べたいと思います。

2.流体計測技術の発展の歴史

 このコラムで扱う流体計測とは、主に流体の流れ=流量・流速を計測すること、および流体の状態量(温度、圧力、密度、粘度など)を計測すること、さらに流体の現象(流れの様子、振る舞い)を解析・計測することを言います。 このように一口に流体計測といっても、広い領域を扱う計測技術です。
 最初に、流体計測するための主な原理をまとめておきます。 図1のベルヌーイの定理、図2のボイル・シャルルの法則、および図3のレイノルズ数(層流と乱流)です。 図1は、流体でのエネルギー保存則に相当します。 この定理は、流体計測する上で流れの基本原理となります。 図2は、気体(圧縮性流体)を扱う場合に基本となる原理です。 また、図3は流体の相似則です。 流体の流れと状態量は、主に以上のような3つの原理で支配されています。

図1 流れの原理(1) ベルヌーイの定理
図1 流れの原理(1) ベルヌーイの定理
図2 流れの原理(2) ボイル・シャルルの法則
図2 流れの原理(2) ボイル・シャルルの法則
図3 流れの原理(3) レイノルズ数ー層流と乱流
図3 流れの原理(3) レイノルズ数ー層流と乱流

 次に紹介する主な流量・流速センサは、歴史的に19世紀以来、物理法則や機械的原理を応用して古くから開発、実用化され世の中で使用されてきた経緯があります。 表1 に、主な流量・流速センサの種類と測定原理、および物理法則の応用例を示します。 現在、新技術・材料を活用した流量・流速センサが開発されていますが、基本原理はいずれも表1のような物理法則を応用しています。


表1 主な流量・流速センサの種類と測定原理、および物理法則の応用
センサの種類 測定原理
物理法則の応用
差圧式 ベルヌーイの定理
容積式 容積の通過量を測定
タービン式 タービンの回転数を測定
面積式 フロートの変位を測定
渦式 カルマン渦の原理
ピトー管式 ベルヌーイの定理
電磁式 ファラデーの電磁誘導の法則
コリオリ式 コリオリ力の原理
熱式 熱の移動量を測定
超音波式 超音波の伝搬時間差/ドップラーシフトを利用

 従って流体計測技術を扱う上で、以上のような基本原理および物理法則を頭に入れてセンサ開発や計測技術に取り組むことが重要と考えています。
 また流量・流速センサについては、表1に示すものの大半は検出部(センサ)が接液(検出部が配管内の流体に直接接液して測定する)式の構造です。 理想的には、非接液式で配管の外から測定する方式が望ましいと考えます。 クランプオン形の超音波センサ(図4)がこのような方式ですが、今後センサの開発が進みアプリケーションが広がれば、この方式が普及すると思います。 

図4 クランプオン形 超音波式流量センサ
図4 クランプオン形 超音波式流量センサ

3.流体計測技術の将来像

 最後に、流体計測の将来像について私は以下のように考えています。 先日、エジプトのシャルムエルシェイクで開催されたCOP27での気候変動に関する議論や、全地球的規模での自然災害、さらに国連で採択されたSDGsなど危機に対する取組み等々が吃緊の課題となっています。 また、世界の人口増加にともなうエネルギーの確保と供給も大きな挑戦課題となっています。 このような課題と対策に取り組むに当たって、いずれも対象となる物質に対する流体計測のニーズがますます大きくなっていると思います。 ニーズ例として、以下のようなエリアがあります。
 エネルギーのエリアでは、LNG、液体水素などの低温流体の計測。 カーボンニュートラルのエリアでは、気体および低温液体のCO2計測。また、バイオ、医療のエリアでは気体・液体の微少流量計測など。 流体現象として、特にエネルギー採掘現場における混相流(図5 気体・液体の2相流、固体が混入する混相流など)を扱う測定技術も一層要求度が大きくなります。 現場での流体計測を実施する上で、事前に実験室での流体解析を行う場合にレーザを応用したLDV(レーザドップラー流速計)、トレーサ粒子を利用したPIV(粒子画像流速計)などの新技術の開発と応用も必要です。 また、流体現象を可視化して解析するためのレーザシート、および解析装置も要求度が大きくなると考えられます。 最近では、流体実験の結果を検証するために、数値解析CFDによるシミュレーション技術もスーパーコンピューターを活用して開発が進み、自然現象の分野を含めて応用事例が大きく広がっています。

図5 混相流(気液2相流)の事例
図5 混相流(気液2相流)の事例

 このように、流体計測に関わる技術者、研究者の活躍がますます期待されています。 かつて、イタリアのレオナルド・ダ・ヴインチは流体力学の研究もなかった時代に、自然現象を深く観察して、川の流れが物体に接触した時に渦が発生する様子を詳細にスケッチしています。 現代の技術から見ても驚くべき洞察力と思います。 IT、AIの現代であればこそ、このような研究心が重要ではないかと考えています。 若手の技術者、研究者の皆さんの今後の挑戦とご健闘を祈っています。



主な参考文献

  1. 大木眞一「流量計測入門講座」DVD教材 日本工業出版 (2018)
  2. 山崎弘郎 センサ工学の基礎(第2版) オーム社 (2014)
  3. 松山裕 実用 流量測定 (財)省エネルギーセンター (1995)
  4. 大木眞一「センサ基礎講座 流量・流速センサ」計測技術 日本工業出版 (2020.7)
  5. 大木眞一「工業用流量センサの製品コンセプトと設計の考え方」センサイト (2020.10)
  6. 日本機械学会編 技術資料「流体計測法」改訂版 (2022.4)


大木 眞一(おおき しんいち)

【著者紹介】
大木 眞一(おおき しんいち)
・日本工業大学 特別研究員
・日本工業出版 「計測技術」企画委員
・一般社団法人 次世代センサ協議会 技術委員

■略歴
横河電機(株)にて、流量計開発設計・製品企画・流量設備設計などの業務に携わる。

■主な著書
・「渦流量計の創造」 日本工業出版 大木他
・「流量計測入門」 日本工業出版 DVD教材
・「蒸気流量計測」 日本工業出版 DVD教材