機能性有機材料を用いたウェアラブル物理センサのヘルスケア応用(2)

関根 智仁(せきね ともひと)
山形大学
大学院有機材料システム研究科
関根 智仁

3.印刷型圧力センサのウェアラブルデバイス応用

 P(VDF-TrFE)を用いたフレキシブル圧力センサは、微小圧力に対して高い感度を有し、微分型信号を発生することが明らかになった。そこで筆者らは、同じく微小圧力であるヒトの血管の動きのリアルタイムモニタリングに着目し、本圧力センサを用いたウェアラブルでの脈拍信号計測を行った。本デバイスはヒトの手首、および首に貼付することで、ウェアラブル状態で脈拍信号を計測できる(図4a, b)。実際に、本デバイスを用いて取得した脈拍信号を図4c, dに示す。血管の動きに相当する圧力変化の信号を取得することに成功した。特に首における外頸(がいけい)静脈付近で取得した信号は、手首の橈骨(とうこつ)動脈付近のものより高感度であった。さらに、得られた信号から算出したシグナルレートは65 min-1であった。これは、被験者の心拍数と一致しており、本センサのウェアラブルヘルスケアデバイスへの応用に成功した。また、本デバイスは既存の抵抗変化型圧力センサと比較しても時間分解能が高いため(約10 ms以下)、より高感度に脈拍データをセンシング可能である[8, 9]。
 さらに、得られた脈拍信号を拡大すると、一回の拍動で2つのピークトップが表れている。これは、それぞれP1(駆出)波、P2(反射)波と呼ばれ、血液が血管内を流れることで発生するものである[10]。これらP1波とP2派のピーク高さの比はAugmentation Index(AI値)と呼ばれ、動脈硬化度の算出に用いることができる[11]。また、取得した脈拍信号からは、脈拍数のほか、整脈度やストレス状態、血圧の推定などを行うことができる可能性がある。今後は、本フレキシブルセンサに用いた材料のさらなる改善や電気特性の向上を行うことで、より高精度で高信頼性のデバイスを開発していく予定である。本センサデバイスは、将来的にヘルスケアにおけるマルチセンシングが可能なウェアラブルデバイスが構築できると期待できる。なお、本研究におけるフレキシブルセンサを用いた脈波波形計測は、山形大学工学部倫理規定 (承認番号: 29-8)のもとに行われた。

図4 P(VDF-TrFE)を用いたフレキシブルな印刷型圧力センサ。作製したセンサをヒトに添付したときの外観図。本センサはそれぞれ (a) 手首、(b) 首、に添付した。 (c) 手首(橈骨動脈付近)で得られた脈拍信号。(d) 首(外頸静脈付近)で得られた脈拍信号。
図4 P(VDF-TrFE)を用いたフレキシブルな印刷型圧力センサ。作製したセンサをヒトに添付したときの外観図。本センサはそれぞれ (a) 手首、(b) 首、に添付した。 (c) 手首(橈骨動脈付近)で得られた脈拍信号。(d) 首(外頸静脈付近)で得られた脈拍信号。 図4 P(VDF-TrFE)を用いたフレキシブルな印刷型圧力センサ。作製したセンサをヒトに添付したときの外観図。本センサはそれぞれ (a) 手首、(b) 首、に添付した。 (c) 手首(橈骨動脈付近)で得られた脈拍信号。(d) 首(外頸静脈付近)で得られた脈拍信号。

図4 P(VDF-TrFE)を用いたフレキシブルな印刷型圧力センサ。作製したセンサをヒトに添付したときの外観図。本センサはそれぞれ (a) 手首、(b) 首、に添付した。 (c) 手首(橈骨動脈付近)で得られた脈拍信号。(d) 首(外頸静脈付近)で得られた脈拍信号。

4. おわりに

 本稿では、ウェアラブル物理センサのヘルスケア展開において、周辺材料の紹介、およびP(VDF-TrFE)を用いた印刷型圧力センサの基礎特性と、それらのデバイス応用について紹介した。特に、ヘルスケアデバイスへの応用において、高感度なセンサを作製することでヒトの身体情報を正確に取得できる可能性を提示した。今回紹介したデバイス以外にも印刷法で作製するセンサ用信号増幅回路やフレキシブル温度センサなどの開発も進めている。ウェアラブルセンサの実現に向け、さらなる研究開発の加速が期待される。

謝辞

 本研究の一部は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)、JSPS科研費 JP21K14692の助成を受けたものです。また、研究の遂行にあたり山形大学大学院有機材料システム研究科の長峯 邦明 准教授、松井 弘之 准教授、ARKEMA株式会社の宮保 淳 氏、Piezotech株式会社のFabrice Domingues Dos Suntos 氏には有益な助言を賜りました。厚く御礼申し上げます。なお、本項における図3(d), (e)、図4(a), (b), (c), (d) はT. Sekine et al., Sci. Rep., 8, 4442 (2018). より一部抜粋(Open access journal)しました(クリエイティブコモンズライセンス http://creativecommons.org/licenses/by/4.0/)。



参考文献

  1. Q. Lin et al., Adv. Healthcare Mater., 9, 2001023 (2020).
  2. J. Lin et al., Cell Reports Physical Science, 2, 100541 (2021).
  3. Z. Yi et al., Adv. Mater., 34, 2110291 (2022).
  4. T. Sekine et al., ACS Appl. Electron. Mater., 1, 246 (2019).


【著者紹介】
関根 智仁(せきね ともひと)
山形大学 大学院有機材料システム研究科 助教
物質・材料研究機構 客員研究員(兼務)

■略歴
2010年 山形大学 工学部 物質化学工学科 卒業
2010年 山形大学 工学部 技術部 機器分析技術室 技術員
2016年 山形大学 大学院理工学研究科 有機材料工学専攻 博士後期課程 修了(社会人枠)、博士(工学)
2017年~現在 山形大学 大学院有機材料システム研究科 助教
2019年~現在 物質・材料研究機構 客員研究員(兼務)
有機材料システム工学や薄膜デバイス工学に従事

■受賞歴
2022年 第21回 インテリジェント・コスモス奨励賞
2020年 第9回 新化学技術研究奨励賞
2019年 第28回 マイクロエレクトロニクスシンポジウム研究奨励賞
2018年 第44回 応用物理学会 講演奨励賞
2017年 第33回 強誘電体応用会議 優秀発表賞