柔らかなエレクトロニクスを用いたバイタルセンシング技術(2)

吉田 学
産業技術総合研究所
センシングシステム研究センター
吉田 学

2.1高伸縮配線部

銀メッキ繊維を用いた高伸縮デバイスの開発
伸縮性配線は快適なウェアラブルデバイスを実現するために非常に重要な部材である.図4に示すように人体は非可展面(二次元平面に展開できない曲面)で構成されているため,プラスチックフィルム等を用いたフレキシブルデバイスを装着した場合,完全な密着状態を実現することは不可能である.故に,人体表面への高いフィット性を実現するためには伸縮性を持つデバイスを作製する必要がある.

図4 フレキシブルデバイスからストレッチャブル(伸縮)デバイスへ
図4 フレキシブルデバイスからストレッチャブル(伸縮)デバイスへ
図5 銀メッキ繊維を用いたバネ状高伸縮配線
図5 銀メッキ繊維を用いたバネ状高伸縮配線
図6 銀メッキ短繊維を用いた高伸縮配線
図6 銀メッキ短繊維を用いた高伸縮配線

 それでは,人体にデバイスを装着するために,配線部はどれだけ伸長する必要があるだろうか.単純に球面などの曲面にデバイスを貼り付けることを考えた場合,最も伸長する部分で,60%の伸長率(元の長さの1.6倍)が必要となる.また,人体などでは,装着後,体の動きなどによりデバイスが伸長する.膝関節部等では,0度~150度屈曲させた場合,40%程度の伸長率が必要となる.現在,印刷できる伸縮性導電ペーストは様々なものが開発されている.故に,印刷により伸縮性の導電配線を形成することが可能である.しかし,印刷により形成する導電性配線は,伸縮時の抵抗変化をどれだけ抑えられるかが現状の開発課題となっている.我々は,図5に示すように,柔軟で,伸縮性の高いデバイスを実現するため,柔軟な薄膜樹脂上に導電性繊維をバネ状に形成した高伸縮性バネ状導電配線を開発した.この導電配線は,3倍以上伸長しても,抵抗値変化は1.2倍程度と安定な電気特性を示す.この高伸縮配線をLED用配線として用いたところ,3倍以上の伸長時にもLEDの発光輝度がほとんど変化せず,伸長時の抵抗値変化が非常に小さいことが確認された.一方,従来の伸縮性導電材料を用いた場合,配線抵抗が大きく変化しLEDの発光輝度の大きな揺らぎが観測された.一般的に,伸縮性導電配線を伸長・収縮させた場合,抵抗値が急激に変化したのち一定値に安定するまでに非常に長い時間を必要とする.故に,これらの材料を配線として用いたセンシングデバイスに変形が加えられたとき,出力信号にノイズがのってしまうことやセンシングした信号の定量性を確保できないことが問題となっていた.一方,開発したバネ状導電配線は,伸長・収縮時の抵抗値変化が小さいことに加えて,抵抗値が安定するまでの時間が短く安定に信号をモニターすることができるため,信頼性の高いセンシングシステムを構築することができる. また,この配線は折り畳んでもほとんど抵抗値変化を示さない.20万回以上折り曲げても(曲げ半径0.1 mm以下)抵抗値は安定しており,十分な耐久性を備えている.従来の金属系のフレキシブル配線では,折り畳んでしまうと断線してしまうため,ある程度の曲率半径を担保して用いる必要があり,デバイス薄化の妨げとなっていた1).今回開発した配線を用いることにより,非常に薄いデバイスを実現することが可能となる. 図6に示す銀メッキ短繊維電極は粘着剤をパターニングした上に銀メッキ繊維を吹き付けなどの手法により貼着するものであるため,所望のパターンの高伸縮電極を形成することができる.この電極で誘電体フィルムを挟み込むことにより静電容量型の圧力センサを作製することができる.この圧力センサは伸縮性があり,コンピューター用マウスなどの曲面上に隙間なく張り付けることができる(図7).このような柔軟なセンサを椅子のカバーの裏に作り込み,着席時の重心移動などを圧力分布として分析することに成功している.このセンサは非常に柔軟であるため,着席時も圧力センサを感じることはなく快適性が確保されている.また,座面部分のセンサの感度調整をすることにより,臀部や大腿部の圧力変化から呼吸の周期や血管の脈動(脈波)を検出することもできる(図8).このセンサは衣服にも同様に作り込むことができるためウェアラブル生体情報センサとして用いることも可能である.

図7 銀メッキ短繊維電極をマトリクス状に配列した柔軟な圧力センサシート
図7 銀メッキ短繊維電極をマトリクス状に配列した柔軟な圧力センサシート
図8 椅子に実装した柔軟圧力センサマトリクスと圧力センサから取得した呼吸・脈波に起因する信号
図8 椅子に実装した柔軟圧力センサマトリクスと圧力センサから取得した呼吸・脈波に起因する信号

3.まとめ

 現行のウォッチ型ウェアラブルデバイス等では柔軟なエレクトロニクス技術は十分に活用されていないが,将来的に要求される衣服型ウェアラブルデバイス等では柔軟なエレクトロニクス技術が不可欠な技術となる.しかし,有用で,信頼性の高いウェアラブルデバイスを安価に世の中に送り出すためには,無理に全てを柔軟なエレクトロニクスデバイスで構成することを考えるのではなく,従来のシリコンプロセスで製造したデバイスや繊維状デバイスとのハイブリット化が非常に重要な開発技術になると考えられる.



参考文献

  1. 岡田顕一ら,“HDD用高屈曲FPC”フジクラ技報,99 (2000) 49.


【著者紹介】
吉田 学(よしだ まなぶ)
国立研究開発法人産業技術総合研究所
センシングシステム研究センター・研究チーム長

■略歴
1999/3    千葉大学大学院自然科学研究科博士課程修了・博士(工学)
1999/4-2001/3(財)科学技術振興事業団 戦略的基礎研究推進事業(CREST)特別研究員
2001/4-2009/9(独)産業技術総合研究所 光技術研究部門 入所 任期付研究員
2009/9-2012/6(独)産業技術総合研究所 フレキシブルエレクトロニクス研究センター 主任研究員
2012/7-2013/6(独)新エネルギー・産業技術研究開発機構(NEDO) 電子・材料・ナノテクノロジー部 主任研究員
2013/7-現在 現職
2017/10-現在 埼玉大学大学院 連携教授 兼任