「徳島大学におけるイノベーション ~多様な産学連携の推進~」
 2章:徳島大学ポストLEDフォトニクス研究所の産学連携(2)

徳島大学 ポストLEDフォトニクス研究所(pLED)

2.3 経営戦略室の機能

 pLEDの研究に関する産学連携を戦略的に推進するため、学外からの技術相談のワンストップ機能を担い、また研究成果の極大化を図り事業化を推進するための知財活動を行い、さらにpLEDの研究テーマを科学的・客観的に評価する仕組みを運用するために、pLEDでは経営戦略室を設置している。

図4 多様な産学連携のスタイル
図4 多様な産学連携のスタイル

 前述のような種々の情報発信に基づいて、企業から問い合わせや具体的な相談があった場合には、pLEDのURAセクションである経営戦略室がコーディネータとして加わり、企業側の担当者と研究者のスムーズな連携をサポートしている。このコーディネータには、企業側の要望やスケジュール感を読み取りながら、同時に大学の研究者の持ち味を最大限に生かしたアレンジが求められる。現在、徳島大学における企業との通常の連携形態は、図4に示すように、「技術相談」・「学術指導制度」・「共同研究・受託研究」があり、これらに付随した秘密保持契約や共同研究契約など、様々な契約フォーマットが存在し、特許等の知財権に関わる部分も含めると、テクニカルな要素も非常に多く、このコーディネータが産学連携において重要な役割を担っている。これらの業務に対応するため、pLEDの経営戦略室は、大手企業(メーカー)出身でかつ現場業務とマネージメント業務の両方の経験を有する専門人材で構成されている。また、経営戦略室側からも、研究者への「将来のイノベーションの種となる先進的な研究の推進」に対する期待は大きく、連帯感と適度な緊張感の中で、理想的な信頼関係を構築している。
 一方で、pLEDから創出される研究テーマの事業化戦略を明確化し、科学的な評価指標導入による”社会貢献できるテーマ”および“pLEDで行うべきテーマ”を選択するために、テーマアセスメントの科学的手法(ステージゲート法)を導入している。pLEDで取り組むテーマについては、経営戦略室が中心となって定期的にテーマヒアリングを実施し、ステージゲート法を用いて事業性・技術性の2軸から科学的かつ客観的にアセスメントを行い、市場調査、知財ベンチマークの結果も勘案し、各テーマのポートフォリオ上のポジションを決定する。このポジションは、各テーマの重点化・予算配分と施設・設備の優先順位の決定に反映される。併せて、基礎研究の様に法則的認識を目指し、普遍性の追求や合理的知識の体系を図るテーマに関しては、社会貢献度・研究性を2軸として評価している。
 またpLEDの経営戦略室は、一般的なURAとしての機能と同時に、文字通り研究所の経営戦略を担っており、“稼げる研究所”の実現を目的とし、経営の観点で多くの取り組みを主導している。その一例が知財戦略である。研究成果に基づく知的財産は主要な経営資源の一つとなるが、従来の徳島大学では、実施契約に至る可能性の高い知財を優先する考えに基づき、企業との共同研究の成果を積極的に知財化する方針をとっていた。この場合、共同研究先の定まっていない研究成果においては、たとえ将来が有望であっても知財化の検討が進まないという課題が生じていた。そこでpLEDでは、独自に知財化検討を行うことで、戦略的かつ効果的に知財を獲得する計画を立て、同時に、獲得した知財を経営資源として最大限活用するため、従来の企業と共同出願契約の形態を見直し、大学側も出願・維持の費用を負担して、第3者との実施契約を可能とするスキームを一部で導入しつつある。更に特許明細書作成や出願を組織内で行うことにより、出願にかかる費用を抑制し、また機能的な知財検索ツールの導入・活用など、経営の観点から多面的な取り組みを行っている。
 一方で、経営戦略室の専門人材のメーカー系企業での業務経験は、具体的な研究開発のフェイズでも存分に発揮される。例えば経営戦略室が主導して、研究成果の事業化を意識した実用に近いレベルでのデバイス開発(あるいはデバイスプロセス開発)を、台湾の工業技術研究院(ITRI)に委託した事例もあり、時間軸を意識しながらリソースを最大限に活用して、レベルの高いリターンを追究し、効率的に研究成果を事業化に結び付ける発想は、大学の研究者には乏しく、経営戦略室がpLEDの研究と経営の両立を実現するための重要な役割を担っている。
 pLEDの研究成果に関連した産学連携の場面において、重要な役割を担うもう一つの組織が、pLED発のベンチャー企業「株式会社SpLED」である。主な活動は、関連する光計測技術を用いた受託サービスや、同じく関連知財の活用の推進などであり、企業体の利点を生かして、研究成果の迅速な事業化や社会還元をスムーズかつ強力に進めることができると期待される。

2.4 バイオデザインを利用したイノベーション創生

 pLEDの産学連携に基づくイノベーション創生を目指した取り組みの一つに、「バイオデザイン」がある。バイオデザインは、米国のスタンフォード大学で開発されたデザイン思考に基づく医療機器開発の実践的イノベーションプログラムである。具体的には、医療従事者、研究者、企業関係者、知財や産学官連携に携わる大学・自治体職員など多彩なバックグラウンドを持つ参加者からなるチームで医療現場を観察し、様々な視点から臨床現場の潜在的ニーズを発掘、さらにプロセス化された手順に沿ってソリューション提案およびビジネス展開までを行うことで、ニーズに基づいた革新的医療機器の開発につなげるプログラムとなっている。pLEDでは、光科学と医学の両方を理解できる「医光融合プロフェッショナル人材」を育成する教育プログラムの一環として、医光融合研究部門が中心となり、また日本バイオデザイン学会大阪支部の協力のもと、学内の研究者、大学生・大学院生だけでなく地域産業界の開発者など多彩な職種からの参加者を募り、これまでバイオデザインの1日ワークショップを3回開催し、延べ76人が参加した。実際にワークショップに参加いただいた企業関係者からは、「医学的な話を掘り下げるという点で、貴重な体験だった」、「色々な職種の人と話せて世界が広がった」、「バイオデザインで学んだデザイン思考を、自社の開発会議にも取り入れたい」といった様々な感想が寄せられており、従来のニーズ・シーズマッチングに基づく共同研究を旨とする産学連携とは、明らかに異なる共創型の産学連携が、大学の専門人材育成教育と一体となって進められている。2019年度には1日ワークショップ参加者から12人の希望者を募り、徳島大学病院内において臨床現場を観察するアドバンストコースを実施し、現在も臨床現場で得られたニーズに基づいて医療機器の開発・事業化プロジェクトが進行している。新型コロナウイルス感染が広がる2021年度にも、オンライン開催の1日ワークショップの参加者の中から9名の希望者を集めてオンラインのアドバンスドコースを実施するなど、状況に合わせて柔軟に対応し、活動を継続している。今後は徳島大学医学部・大学病院とpLED医光融合研究部門との連携を深め、バイオデザイン実践の場を増やしていくことも計画されている。これらの環境や育成された人材が、将来のイノベーションに基づく地域の社会発展につながっていくことを期待したい。

通常開催のバイオデザインワークショップ(2021年7・10月)
通常開催のバイオデザインワークショップ(2021年7・10月)
新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けながらもオンラインで開催されたバイオデザイン・ミニブートキャンプ(2021年8月)
図5 通常開催のバイオデザインワークショップ(上段、2019年3・10月)と新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けながらもオンラインで開催されたバイオデザイン・ミニブートキャンプ(下段、2021年8月)

2.5 pLEDの産学連携における課題

 2022年4月時点において、pLEDが企業等と締結している共同研究契約件数は2桁に及び、秘密保持契約や契約を前提に進めている予備段階のものを含めると、相当数の具体的な産学連携案件が進行していることになる。このような共同研究をベースとした産学連携においても、pLEDの経営戦略室が関与することで、参画組織間の連携や研究スケジュール管理、大学の研究者がおろそかにしがちな知財の権利化等、様々な面でサポートが得られ、企業側にも大きなメリットが生じると期待される。
 上記のような体制で進めているpLEDの産学連携であるが、現在、明確な課題も見えてきている。具体的には、下記の4点が挙げられる。
 1)長期的な視野での産学連携が難しい場合が多い
 2)シーズとニーズの隔たりを埋める視点を共有できない
 3)大学側でも研究開発にマンパワーが必要となる場合に、人材確保が難しい
 4)大学も共同研究の成果を独自に社会実装につなげたいが、起業人材は多くない
1)については、単年度決算を基本とする現在の日本の社会構造により、多くの物事が年度内に完結することが前提となるため、特に組織を超えて連携する際には大きな障害となっている。2)についても、1)と関連する課題であり、シーズの発展の先にニーズとのマッチングが示唆されても、大学にはそのギャップを埋める視点に立って連携する人材が不足しており、結果として即効性のある(あるいは短期的な)アプローチの探索に留まってしまう傾向にある。この問題の解決には、基礎研究を担当する大学と、「開発・製造・販売」に精通した企業とのギャップを埋めるための仕組みや制度、そして専門人材の一層の補強等が必要である。海外の場合には、ベンチャーとベンチャーに対する投資が、この機能を多分に担っていると考えられ、研究機関や個人と企業との間に、利益や採算よりも可能性を追求して投資するフィールドを形成して、ギャップを埋めていると考えられる。
 3)については、少子高齢化社会の現代において、すべての業種で共通する課題であり、働き方における多様性の実現など大きな変革が必要と考えられる。4)については、2)とも関連して、今後、課題の解決のために起業人材の育成や副業の一般化などが進むことが期待される。

 以上の様に、ポストLEDフォトニクス研究所では、多様な取り組みを通じて、産学連携を推し進めており、将来、これらの成果として、多くの光技術が社会実装されることを目指している。