IoT/AIの時代の「センサ」

三田 典玄
(株)オーシャン
IoT事業部長
三田 典玄

【「センサ」の意味が変わる】

 このところ、様々なIoT関連の機器の利用、活用のご相談を受けることが多いのですが、依頼される内容を良く聞いていると、やはり「こんなことができないか?(できるはず)」みたいな感じでのお話を頂きます。いや、できます。できますよ。でも、お金はこのくらいかかります、というお見積りで実現することもあれば、実現しないことも増えてきました。スマートフォンの普及などでIT機器と言うと、非常に安く買える「マスプロダクト」の値段を考えている方が多く、開発のお仕事の成約に至ることは多くありません。私達が作っていいるのは、お客様専用のものが多く、そういうものはやはり割高にならざるを得ません。

 そういうお客様とのお話の中で、お客様が言っている「センサ」の意味が、少しですが、作っている側の私達の意味とは違うのがなんとなくわかってきました。

【「センサ」の意味】

 私たちのお客様と言っても、通常は全くの素人では無く、ソフトウエアなどを開発する企業なのですが、昨今のソフトウエア開発はツールが揃ってきて、かつ安価になったこともあり、基礎的で高度なものは減っています。むしろその先のエンドユーザーが使うソフトウエアを作っているところが多いのが実情です。ソフトウエア開発業者・システム構築業者にとって「センサ」とは、「何らかの事象を教えてくれるもの」という感覚があります。しかし、私達センサ部分を実際に知っていて、その上でシステムを作る側では「センサ」というと、個々の事象を正確に出力するもの、と言う事になり、話をしていると、どこか齟齬が感じられることが多くなりました。簡単に言えば「センサ」の意味が少々違うのです。

【温度センサを例にすると】

 例えば「熱中症の検出」を例にすると、お客様の目的が見えてきて、それが我々が考えていることと違うことを言っていることがわかるときがあります。お客様の知りたいことは「その場が熱中症の危険がある場所かどうか知りたい」のであって、実際の温度の数値は目安として考えているだけだったりします。しかし、私たちセンサ屋は「XX℃」という温度を出力すれば、お客様が勝手にその値を使ってくれる、と思っても大方間違いでは無いけれども、ニュースなどで見る「熱中症」の原因は、たしかに温度は大きなファクターではあるものの、その他に「湿度」とか「体表面温度」「深部体内温度」、さらには「現場の風速」「結果としての体感温度」など、実は測定する項目も多岐に渡ることが本来は必要だったりします。「どこの温度を測るか」なども大きな問題です。しかも、身体に直接触るセンサは電気が通電しているものですから、開発したものを量産し正式に商品として売り出す場合などは厚生労働省の認可の問題などもあったりします。解決すべき問題が山のようにあります。簡単ではありません。

【結局のところ】

 まずどこの温度をどのように測るのか?それをどう処理するのか?湿度は関係するのか?など、許認可の問題を除いても、様々な検討事項があります。この検討事項をクリアして、システムの設計をしますが、そうなれば温度だけではなく、湿度、人の動きを知るモーションセンサ、風速計、などなど、多くのセンサが必要になることも多いわけです。当然、測定する場所や部位も問題になります。そして、様々なセンサのデータを複合して、ソフトウエアの処理はどうやって「熱中症の危険」を判断するのか?というところに集約させていくことになります。熱中症になったらまずいのでセンサを使うわけですから「熱中症になったのかどうかを判断する」のではなく「熱中症になるかどうか危険度を知りたい」わけです。熱中症になったのは、その人の症状でわかりますから、なってから「熱中症ですね」というわけにはいきませんし、センサを使う意味もない。通常は見ればわかりますから。

【「事象」と「現象」】

 そこで、センサイトの中での議論では「熱中症の危険リスク判定」をすることを「事象センシング」とし、そのためのパラメータの1つとして「温度測定」をするわけですが、それを「現象センシング」と言うように分けることにしました。このように分けないと、実際に使われるお客様とのセンサに対する認識の齟齬などでトラブルが起きることが予想されるからです。

【小さなコンピュータ】

 また、最近は低消費電力の小さなコンピュータが流行っています。これが扇風機のような安価な家電製品にも入っていて、様々なことができる様になっています。つまり、小さくて高性能で低消費電力で安価、そして外部のボタンやセンサやディスプレイ、果ては無線での通信機能など入出力を持つコンピュータ(CPUやCPUを含んだボード)が出てきているので、これを使って、複数のセンサのデータ処理をしてそのコンピュータもまとめて「センサ」ということにする、という流れが大きな流れになっています。つまり「現象」「事象」という分け方で言えば「事象」を出力するセンサとコンピュータのひとかたまりのシステムが「センサ」と一般では呼ばれるものになってきた、ということです。この実際的な例としては「LiDAR」が挙げられます。

【小さなコンピュータの例】

 センサなどで機器を作る時の小さなコンピュータの例として、良く取り上げられるのが「Raspberry Pi」です。このコンピュータの単価は1つだけサンプルを買うと1万円を越えます。しかし、ディスプレイのインターフェイス、キーボードやマウス、カメラなどをつなげるUSB、内部のメモリも大きく、ストレージもmicroSDメモリカードが使えますので、小さなPCとして使えます。加えて、開発用のソフトウエアも、エディタからコンパイラなども全てこの上で無理なく動かせるので、試作品の開発には十分使えるものです。当然ですが、IoT開発の教育用にも多く使われています。

Raspberry Pi - 英国Raspberry Pi財団のホームページより
(Raspberry Pi – 英国Raspberry Pi財団のホームページより)

 一方、プログラム開発の容易さ、ということでは、Auduinoというコンピュータが有名です。価格も1つのサンプル価格で3千円くらいですが、これをPCに接続して、PCをキーボードと画面として使えます。センサの入出力は低速度ながらA/Dコンバーターなども備えられており、これも試作品開発に良く使われます。こちらはむしろ「教育用」として使われることが多いようです。

Auduinoのホームページ
(Auduinoのホームページ)

 実際の機器への組み込みは、できるだけ低コストにするために、小さく、安価で、発熱等の少ない、それでいてインターフェイスが豊富なコンピュータが使われます。こちらは、コンパイラなどの開発ソフトウエアは必要ないので、できたプログラムを実行して動かすだけのものになります。必然的にメモリ容量、ストレージ容量なども小さなものを使います。代表的なものに「ESP32」という小型ボードコンピュータがあります。標準的なセンサに接続するインターフェイスから、インターネットなどに接続する通信インターフェイスなどもハードウエア、ソフトウエアともに、持っていて、1つのサンプル出荷価格で千円前後です。カメラのインターフェイスを持っているものもあります。ESP32は中国・上海のEspressif Systemsが開発し世界に供給しています。

ESP32開発用ボードの写真
(ESP32開発用ボードの写真 Amazon.co.jp(https://www.amazon.co.jp/dp/B07WJDFLCM/)より。)

 最近注目されているのは、CPUに「RISC-V」を使った小型のコンピュータです。Amazonなどでも売っているこのコンピュータは、顔の画像認識機能を持つソフトウエアも込で売っていますが、価格は1個のサンプル価格で約4千円弱です。

RISC-V
(Amazon.co.jp((https://www.amazon.co.jp/dp/B08SQBDTLZ/)より)

 RISC-Vは組み込みコンピュータで多く使われ始めている最新のコンピュータですが、特徴は「オープンソース」にあります。つまりこのCPUの全ての知財が公開されていて、誰でも無料で使うことができます。この前までに紹介してきた組み込み型のコンピュータのCPUの設計は全てARM社が設計しライセンス販売しており、CPUの価格にはそのライセンス料が上乗せされていますが、RISC-Vにはそれがありません。そのため、多くの低価格の組み込み機器に少しずつ使われて来ています。

 これらの設計図を使ったCPUチップのほとんどは台湾のTSMC社がライセンスを受けて生産しています。TSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)は、ICの製造メーカーですが、設計などの知財は米国のQualcomm社等、ARMアーキテクチュアのCPUであれば英国ARM社などが持ち、そのライセンスを買ったメーカーからの委託を受けてTSMCが実際のチップを作る、という「ファウンダリー」と呼ばれる企業で、世界最大の企業です。米国や日本でもTSMCが工場を建てるということで、多くの補助金が政府から出ることが決まっています。

【IoTはソフトウエアの時代に】

 前述した「LiDAR」は多くの分野で注目のセンサ技術ですが、その肝になる技術は全て以上の小さなコンピュータに載ったソフトウエアです。例えば、イメージセンサは画像をそのまま撮ってデジタルデータ化してコンピュータに送り、そこで画像処理ソフトウエアが働き、そこで認識されたデータをどう使うかが重要、という時代になりました。半導体企業で有名な米国Intel社も無料で画像処理のソフトウエアの重要な部分をまとめた「OpenCV」を無料で2015年から公開しており、画像処理システム開発者により良い開発環境を供給することに努めています。日本語の詳細なマニュアルもあります。コロナ禍の現在、施設の入り口などでの顔認識・体温測定などの機器を見ることが多いですが、あの中にも「OpenCV」が使われていることがほとんどです。現在、多くの画像処理システムでOpenCVが使われていますが、このソフトウエアをはじめ、多くの重要かつ膨大なソフトウエアが現在は基本、無料で「オープンソース」として世界中にインターネットを通して提供されており、短期間でのセンサシステムのAI化などにも貢献しています。つまり、ソフトウエアにおける「オープンソース」を知らなければ、安価で高度なセンサを利用したシステムはできない、という状況です。逆に言えば、高度でインテリジェントな機能を持つ複合センサシステムの短期間での開発は、オープンソースが可能にした、とも言えます。時代はソフトウエアの時代になった、ということではないでしょうか?



三田 典玄

【著者紹介】
三田 典玄(みた のりひろ)
株式会社オーシャンIoT推進部長

■著者略歴・他
元・東京大学先端科学技術センター 協力研究員 (専門:IT)
元・産業技術総合研究所 特別研究員 (専門:遺伝子解析)
元・韓国・慶南大学校 教授 (専門:IT)
NPO法人・日本フォトニクス協議会 ITアドバイザー
現在:株式会社オーシャンIoT推進部長

IT関連著書 アスキー、オーム社 「入門C言語」「実習C言語」「応用C言語」
東海大学工学部通信工学科卒業 ( アモルファス半導体物性専攻 ) 工学士