ロボットにおける擬似感情 −計測・生成・倫理− (2)

千葉工業大学 教授
未来ロボット技術研究センター
富山 健

4. 倫理

 人間とのコミュニケーションを主たる目的にしたいわゆるソーシャル・ロボットに対して倫理的側面が近年注目されるようになってきたのはなぜであろうか.それは単なる機械であるロボットが人間に対しそれ以上の存在であるかのように振る舞うことが人間を騙すことにつながる,という考え方による.
 人間のパートナーがロボットに対して感情を感じる時,ロボットは本当にその感情を持っているわけではなくそういう感情に見えるような仕草や反応をしているに過ぎない.これをもって,ロボットは人間を騙しているのではないか,という観測が出てくる.Monash大学のロバート・スパロウ(Robert Sparrow)教授は,ソーシャル・ロボットの一種であるペットロボットに関して,所有者はロボットを本物の動物であると自分を欺いているがこれは世界を正確に認識するという義務に反しているため,そういったロボットを設計・製作することは非倫理的である,と述べている.7)
 この観測は介護者支援ロボットにも当てはまるのであろうか.ケィティ・エンゲルハート(Katie Engelhart)氏はNew Yorker誌の記事8)で,利用者たちはロボットが人工の機械であることを承知でなおかつその存在が孤独という危険な状態に立ち向かう糧になっていることを報告している.周りに孤独を癒してくれる人間がいれば何の問題もないが彼らにはロボットたちしかいないという現実がある,と記事中で述べられている.そもそも倫理というものが人間のWell-beingを目指しているものであるなら,彼らからロボットを取り上げる行為は倫理的なのであろうか.私はそうは思わない.この倫理に関する問題は多くの論点が含まれており,これ以上の議論は紙面の関係で別の機会に譲ることをお許し願いたい.9)

5. おわりに

 本論ではロボットにおける感情とは擬似感情であり,それをパートナーの感情状態の同定,ロボット自身の擬似感情の生成,および生成感情の表出の3個の機能を用いて構築したことを述べた.この擬似感情は介護の現場において介護者を支援するロボットにとっては必須の機能であること,しかし,擬似であるが故にそういった機能を備えたロボットの倫理性を問う研究者も出てきていることを述べた.
 これからロボットはますます人間に寄り添うようになるであろう.その時,人工知能だけでなく擬似感情も備えていることは当たり前となってくるであろう.そういったロボットたちの倫理に関して今まさに議論が始まっている.

参考資料

  1. Robert Sparrow, The March of the robot dogs, Ethics and Information Technology, Volume 4, pp. 305–318, 2002.
  2. Katie Engelhart, “What Robots Can -and Can’t- Do for the Old and Lonely: For elderly Americans, social isolation is especially perilous. Will machine companions fill the void?” New Yorker, May 15, 2021.
  3. K. Tomiyama, “Virtual Emotion for Robot – Towards Human Support Robot,” 2018 Uehiro-Carnegie-Oxford Conference: Ethics and the Future of Artificial Intelligence, New York, 2018.
    (https://www.carnegiecouncil.org/studio/multimedia/ethics-future-artificial-intelligence-virtual-emotion-robot-human-support-ken-tomiyama)


【著者紹介】
富山 健(とみやま けん)
千葉工業大学 未来ロボティクス学科 教授
未来ロボット技術研究センター(fuRo)研究員

■略歴
1971年 東京工業大学 制御工学科 学士
1973, 77年 カリフォルニア大学・ロサンゼルス校
システムサイエンス学科 修士(M.S.),同 博士(Ph.D.)
1978~1983年 テキサス大学・エルパソ校 電気工学科 助教授
1983~1988年 ペンシルバニア州立大学 電気工学科 助教授
1988~2000年 青山学院大学機械工学科 助教授,のち教授
2000~2006年 青山学院大学情報テクノロジー学科 教授
2006~2014年 千葉工業大学未来ロボティクス学科 教授
2014年~ 現職

主な研究分野は介護者支援ロボット,ロボットの擬似感性,並びにロボットの倫理.英語による学術論文発表指導を日本機械学会及び日本感性工学会を含む様々な団体にて実施.YouTubeチャンネル「CIT Quality Education」で英語による講義「数学基礎」シリーズ担当.
活動の主体を表すキーワード:ロボット、介護、教育、プレゼンテーション指導

■著書・連載
理系科学英語 徹底トレーニング [ロボット工学],(監修),アルク
私の修行時代,「修行時代の出会いを生かす」,(分担),弘文堂
いざ国際舞台へ! 理工系英語論文と口頭発表の実際,(共著),コロナ社
国際舞台で“結果を出す” テクニカルイングリッシュの心得第1回〜12回,日本機械学会誌 2018年,Vol.121, No. 1190~1201連載
“Virtual Emotion for Robot – Towards Human Support Robot,” Uehiro-Carnegie-Oxford Conference: Ethics and the Future of Artificial Intelligence, 2018.