わが国沿岸域における波浪観測機器技術 =海底から波を観張る海象計= (1)

(株)ソニック 三井 正雄

1. はじめに

 沿岸域の開発・利用・防災といった多くの側面において、波浪は最も特徴的かつ支配的な自然外力である。そのためわが国沿岸域の多くの地点で波浪の観測・調査が継続的に実施され、得られた波浪観測情報は、港湾・海岸構造物の計画・設計・施工に対する与条件として、あるいは台風等による被災メカニズムの究明や海岸保全、航行船舶の安全管理等のために、重要な意思決定資料として広範に活用されてきた。
 また近年では、地球温暖化の影響等により、台風の強大化や北上化、あるいは平均水位の上昇化傾向等による沿岸災害の大規模化が各地で認められるようになり、大阪湾や東京湾で大きな港湾被害が報じられたことは記憶に新しい。これら気象の変化は必然的に波浪にも大きな影響を与え、多くの地点で既往最大波の増加傾向が確認されるようになった。そして波高の増大のみならず、より周期の長い波、すなわちより大きなエネルギーを有したうねり性波浪の来襲頻度も増加しており、問題を一層深刻化・複雑化させている。このような波浪特性の変化に対応する必要性が喫緊の課題となり、港湾構造物の設計条件であるこれまでの「設計波」の見直しが全国的に開始されるに至るなど、より正確に、より高度な情報出力を可能とする波浪観測の高度化要求が高まっている。以前は希であった周期の長い高波が頻発するようになった今日、波浪特性の変化にマッチした観測方法やデータ解析方法の見直しが必要となっていると言えそうである。
 現在、わが国における定常波浪観測の標準機として運用に供している海象計は、海底に設置する一台の水中超音波センサによって、海面波と海面波の変動に伴う海中多層の水粒子速度を継続的に観測している。そこで、これらの計測データを適切に処理・解析することにより、海象計は波浪情報の高度化要求にも十分応えられる潜在能力を有していることから、時代の要請にも応え得るものと期待されている。

図1 海象計の測定概念
図1 海象計の測定概念
図2 海象計センサの設置例
図2 海象計センサの設置例

 本報告では、わが国最大の波浪観測網である国土交通省が運用する全国港湾海洋波浪情報網(通称ナウファス)の主力機器として、24時間絶えず海の波を観張り続けている海象計の概要と本機によって得られた観測データ、および波浪情報の安定・高度化要求に向けて開発を進めている最近のデータ処理手法による結果例について紹介する。

2. 海象計

 海象計は、1981年に発表された運輸技術審議会答申が目標とした「波向観測の標準化と津波等長周期波観測」を実現させた観測機器として、波浪(波高・周期・波向)流況(通常3層の流向・流速)および沖合の潮位変動を単一のセンサにより同時計測可能なものである。機能的には、従来わが国沿岸域の定常波浪観測に多用されていた海底設置型超音波式波高計の機能と主に船舶や係留式として使用されてきた多層式ドップラー流速計の機能とを一体化した定常観測用の複合型海象観測機器である。
 観測システムとしては、海底に設置される送受波器と陸上に設置される制御・計測・演算部およびこれらを結ぶ海底ケーブルによって構成される。海底に設置される海象計のセンサは、図1に示すように鉛直上方へ超音波を0.5秒間隔で送信し、海面での反射波を受信することにより、海面の上下変動を計測する部分と斜め3方向に超音波を送信し、受信波のドップラー周波数偏移を解析することにより、任意水深層における水粒子速度を計測する部分からなっている。なおセンサ部の海底設置例を図2に示す。
 図3は、センサの最上部に位置する水位変動計測用振動子(200KHz)組立時のものであり、通常なかなか見る機会がないセンサの内部構造である。作業工程としては、次に容器内へヒマシ油を満たした後、ゴムキャップを被せてこれをステンレスバンドで固定する。またこの振動子は、ジンバル構造になっており、振動子面が水平を維持することにより、海底が傾斜している場合や設置架台が洗掘等で傾いてしまった場合でも、常に超音波が鉛直上方に送出される仕組みになっている。
 海象計のセンサは、その上部の鉛直軸から30度傾いた3方向に水粒子速度計測用の振動子(500KHz)を配している。図4はこの500KHzの超音波を送信後、海中のゴミやプランクトン等、浮遊懸濁物質で反射した受信波形の一例である。海中で音波は約1500m/sの速度で伝播するため、海中1mの往復に要する時間は1.33msとなる。これを利用して、超音波を送信してから所定時間後の受波信号を抽出・処理することにより、希望する観測水深層の水粒子速度(超音波ビーム軸方向の流速)が得られることになる。

図3 センサ内部(200KHzの振動子)
図3 センサ内部(200KHzの振動子)
図4 500KHzの受波波形例
図4 500KHzの受波波形例

次回に続く-



【著者紹介】
三井 正雄(みついまさお)
株式会社ソニック

■略歴
1992年、株式会社カイジョーに入社(独立分社後、現ソニック)
入社後一貫して波浪観測技術の開発に従事
途中、港湾空港技術研究所、九州大学にて波浪データの解析手法に関する研究に従事