真空の圧力測定技術(Pressure measurement method in vacuum)(2)

キヤノンアネルバ(株)
桑島 淳宏

4. ピラニ真空計

気体の熱伝導を利用した真空計として最も汎用的なものがピラニ真空計である.ピラニ真空計の構造を図3に示す.

図3. ピラニ真空計の構造

ピラニ真空計は,電極にフィラメントが接続されているだけのシンプルな構造の真空計である.フィラメントは100-200 ℃程度に通電加熱され,その時の抵抗値でフィラメント温度の測定もされる.フィラメントへ室温の気体分子が入射すると,気体分子は高温のフィラメントから熱を奪いつつ,フィラメントから離れる.そのため,フィラメント全体から奪われる熱量はフィラメントへの入射分子数に比例する.さらに入射分子数は圧力と比例関係にあるため,フィラメントから気体への伝熱量を測定することで圧力測定ができる.伝熱量の測定方法として一般的なのは,フィラメント温度を一定に保つために必要な電力を測定する方法である.圧力が低いほど,フィラメントから気体への伝熱量が少ないため,フィラメント温度を一定にするための電力量も少なくなる.
この真空計は圧力が低くなり,気体への伝熱量がフィラメントの熱放射や電極へ漏れる熱量と同等レベルになると測定ができなくなり,測定下限は10-2 Pa程度である.また,気体分子の種類によって,熱伝導率が異なるため,測定値は気体種に依存する.つまり,熱伝導率の違いを考慮した測定値の補正が必要ということである.市販品の真空計は窒素に対して正しく圧力測定ができるようになっているので,窒素以外の気体の圧力を測定する場合は注意が必要である.

5. B-A真空計(熱陰極電離真空計)

熱陰極電離真空計は気体中の電離現象に基づく真空計である.その中でもベアード-アルパート真空計(B-A真空計)が最も普及している.電離現象に基づく真空計は,気体分子数が少なく,機械的現象や気体の輸送現象による圧力測定が難しい10-2 Pa以下の圧力領域で使用される.図4に熱陰極電離真空計の一般的な構成とB-A真空計の構造を示す.

図4-a. 熱陰極電離真空計の構造
図4-b. B-A真空計の構造

熱陰極電離真空計は,まず,1000 ℃以上に加熱されたフィラメントの熱電子放出により飛び出した電子をフィラメントとグリッド間の電場で加速する.加速された電子と衝突した気体分子は電離しイオンとなる.イオンは電位の低いイオンコレクターに引き寄せられ,イオンコレクターから電子を奪い中性化する.この時,イオンコレクターに電流が流れるため,この電流値を測定することで気体分子数,すなわち圧力を測定することができる.このイオンコレクターが金属細線になっているのがB-A真空計の特徴である.細線である理由は,グリッドから発生する軟X線が照射される面積を減らし,雑音電流を最小限にするためである.図5に熱陰極電離真空計の軟X線と雑音電流の関係を示す.

図5. 軟X線による電流の発生

フィラメントからグリッドに向かって加速された電子は,グリッドと衝突すると制動放射で軟X線を発生させる.この軟X線がイオンコレクターに入射すると,光電効果でイオンコレクターから電子を放出させる.この時,気体分子イオンが衝突したときと同様に電流が流れるため,この電流が雑音となってしまう.気体分子数の少ない10-5 Pa以下の圧力では,イオンコレクターの表面積が大きいと,イオンによる電流より,軟X線が発生させる電流が多くなり,圧力測定が困難となる.そこで,イオンコレクターを表面積の少ない細線とし,軟X線の影響を軽減することで10-8 Pa台までの測定を可能とした真空計がB-A真空計である.
熱陰極電離真空計は高温のフィラメントを使用しているため,メーカーの指定している圧力以上で真空計を通電した場合,フィラメントが損傷・断線する可能性が高く,注意が必要である.また,気体分子により電離確率の大小があるため,測定値に気体種依存性があり,ピラニ真空計と同様,測定値の取扱いには注意が必要である.

6. まとめ

最後に真空計の選定や運用に関するポイントを述べる.表4に本稿で解説をした真空計の特徴と接ガス部の材料をまとめた.

表4. 各真空計の特徴 8)
※接ガス部:真空側の測定気体と接する部分

本稿で解説していない真空計にも測定方式や構造に由来するメリット・デメリットがあり,選定や運用をするうえで,それを理解していると長期的に安定した測定が行える.また,各メーカーより大気圧から10-8 Paまで測定可能となるよう,適切な測定方式の真空計を組合せて一体化された複合真空計が販売されているので,それを利用するのもよい.ただし,どのような測定方式の真空計であっても,接ガス部使用材料と測定対象の気体が化学反応を起こすと,反応生成物の堆積やフィラメント・電極の消耗などで寿命が著しく短くなる.真空計選定の際には,その点に注意を払う必要がある.

参考文献

1) 熊谷寛夫, 富永五郎編著:真空の物理と応用, 裳華房.

2) 日本真空学会編:真空科学ハンドブック, コロナ社.

3) 関口 敦:トコトンやさしい真空技術の本, 日刊工業新聞社.

4) 日本真空工業会編:真空ポケットブック, 非売品.

5) 日本工業規格 JIS Z 8126-1:1999 真空技術-用語- 第1部:一般用語.

6) 日本工業規格 JIS Z 8126-3:2018 真空技術-用語- 第3部:真空計及び関連用語.

7) 川﨑洋補:各種全圧真空計の特徴とメンテナンス, Vac. Surf. Sci. 61 (2018) 514.

8) 大沼永幸:隔膜真空計の原理と技術, Vac. Surf. Sci. 64 (2021) 174.

9) 秋道斉:種々の真空計とそれぞれの測定原理, J. Vac. Soc. Jpn. 56 (2013) 220.



【著者紹介】
桑島 淳宏(くわじま あつひろ)
キヤノンアネルバ株式会社 コンポーネント開発部

■略歴
2008年 キヤノンアネルバ株式会社へ入社
    ·真空コンポーネントの開発に従事