近赤外蛍光樹脂による患部可視化(1)

高知大学医学部循環制御学
教授 佐藤 隆幸

1 はじめに

近赤外蛍光は、生体深部を可視化する”ひかり”として有用であることから、医療応用がすすんでいる。近赤外蛍光色素の一種インドシアニングリーン(ICG)を用いたセンチネルリンパ節同定、術中冠動脈グラフト造影、術中脳血管造影などは、すでにその多くが医療保険適用となっている。しかし、ICGを用いた医療イメージング1)-6)が普及するにともない、その欠点を指摘する声も聞こえてきた。本稿では、近赤外蛍光樹脂による患部可視化に関する研究成果を紹介する。

2 ICGによる蛍光標識法の短所

ICGは、水溶性であることから、体内のリンパの流れや血液の流れを可視化する目的には適している。しかし、このようなICGの特徴は、長所となるとともに短所ともなっている。

(1)低い量子収率
ICGの量子収率(分子が吸収した励起光フォトン数に対する、発光フォトン数の割合)は1~2%前後であるため、近赤外蛍光(波長800~850nm)はきわめて微弱である。そのため、大出力レーザ光で強い励起光(波長740~800nm)を照射する方法や冷却型撮像素子で感度を上げる方法などが開発されているが、いずれも医療現場、特に手術室では使いにくい。レーザに対する保護メガネをかけるのは面倒であるし、また、術野近くに配置するカメラには滅菌袋を被せなければならないため、冷却性能が著しく劣化するおそれがある。

(2)易分解性
ICGは、水溶液中では光分解性が高いため、固形の状態での厳重な遮光保存が必要である。したがって、使用する場合には、直前に固形色素を蒸留水に溶解するという作業を行わなければならない。これは、医療現場ではかなり煩雑な作業であると言わざるを得ない。

(3)顕著な濃度消光現象
ICGは、濃度消光の現象が著明であるため、最適な蛍光強度を得るための用量の設定が困難である。なぜなら、体内に投与後にリンパ液や組織液等によってどの程度ICGが希釈されるかを予想して、投与する用量を決めなければならないからである。

(4)可溶性・易拡散性
最も大きな問題は、この点であろう。ICGが水溶性であるがゆえ、正確に患部を標識する目的には用いることができない。ICG水溶液を患部に直接注入した場合、あるいはまた、ICG水溶液を体内留置物に塗布して用いた場合は、ICGが溶出・拡散してしまい、標識目的の患部の位置が不明瞭になってしまう。不具合の具体例としては、軟性消化管内視鏡によるICG蛍光点墨法が挙げられる。術前に内視鏡を使って、患部あるいはその周辺の粘膜下にICGを注入し、術中に漿膜面からICGから発せられる近赤外蛍光を目印として患部を同定する方法である。
ICGは注入後速やかに粘膜下層・筋層に沿って拡散するため、患部の正確な位置の特定が困難となる。そのため、患部をピンポイントにナビゲーションできる技術が求められている。

(5)肝集積性
生体に投与されたICGは、最終的には、すべて肝細胞に取り込まれた後、胆汁内に排泄される。この特徴を利用して、肝細胞癌の術中局在診断に用いることができるが、尿中には排泄されないため、尿管の描出には使用できない。脂肪組織に埋もれて走行している尿管は、視認不能であるため、腎臓、子宮、卵巣の鏡視下手術の際に尿管を損傷することがある(合併症リスク約2%)7)。したがって、後腹膜の脂肪組織内に隠れた尿管の走行を可視化できる技術が求められている。

3 発想の転換

ICGの化学構造から出発して,上記のようなICGの欠点を解決する試みが多くなされているが,水溶性・易拡散性のICGでは,上記にあげた欠点を解決することが原理的に不可能である8)
そこで,筆者は,生体深部の構造や位置をピンポイントに可視化するための手法として,「近赤外蛍光色素を注入して可視化する」という発想を大転換して,「近赤外蛍光色素を溶融混練した樹脂製の標識具を留置して可視化する」技術を考案し、製品化を目指している。

次回に続く-

参考文献
1) http://www.hypereye.jp/
2) Marshall MV、 Rasmussen JC、 Tan IC、 et al: Near-infrared fluorescence imaging in humans with indocyanine green: a review and update. Open Surg Oncol J 2; 12-25: 2010.
3) 佐藤隆幸: 近赤外蛍光を利用した血管・血流、リンパ管・リンパ節の可視化装置の開発. Medical Photonics No. 2; 45-47: 2010.
4) Handa T、 Sasaguri S、 Sato T: Preliminary experience for the evaluation of the intraoperative graft patency with real color charge-coupled device camera system: an advanced device for simultaneous capturing of color and near-infrared images during coronary artery bypass graft. Interact Cardiovasc Thorac Surg 9; 150-154: 2009.
5) Handa T、 Katare RG、 Nishimori H、 et al: A new device for the intraoperative graft assessment: The HyperEye charge-coupled device camera system. Gen Thorac Cardiovasc Surg 58; 68-77: 2009.
6) Yamauchi K、 Nagafuji H、 Nakamura T、 et al: Feasibility of ICG fluorescence-guided sentinel node biopsy in animal models using the HyperEye Medical System. Ann Surg Oncol 18; 2042-2047: 2011.
7) 郭翔志、清水良彦、脇ノ上史朗 他: 腹腔鏡下手術における発光尿管カテーテルを用いた尿管損傷予防の工夫. 日本産科婦人科内視鏡学会雑誌 26; 541-544: 2010.
8) http://www.licor.com/

【著者紹介】
佐藤 隆幸(さとう たかゆき)
高知大学医学部循環制御学 教授

■略歴
1985年 高知医科大学 卒業
1985年 東京女子医科大学 循環器内科    研修医・レジデント
1994年 国立循環器病センター研究所     研究員
2000年 高知医科大学医学部循環制御学    教授
2003年 高知大学医学部循環制御学      教授(大学統合による転任)
2019年 大学発ベンチャー ニレック株式会社 代表取締役

大学における研究成果を活用して,動脈可視化や蛍光ガイド技術の製品化研究に従事している。