表面プラズモン共鳴センサを用いた超高感度匂い物質検知(2)

九州大学 大学院
准教授 小野寺 武

3.抗体

生物の免疫システムは自己と非自己を厳密に識別して異物を排除し、病気に対する抵抗力となっている。この生物の免疫システムの一部を担うのが抗体であり、分子量約15万のタンパク質である。Y字形の構造をしており、2本のポリペプチド鎖(重鎖、軽鎖)で構成されている。抗原(異物)と結合する認識部位は、Y字の両手部分の先端にある。この部分は、相補性決定領域と呼ばれ、多様な抗原に対応するために、アミノ酸配列が組み換えられる部分である。抗原との結合は、水素結合、ファンデルワールス力、静電的相互作用などの非共有結合で結合する。抗体は、ウイルスや細菌などの異物に結合し、その活動を阻止している。

センサに利用する抗体を人工的に得る場合は、抗原となる物質を動物に注射し、マウスやウサギ、ラットなど動物の体内で産生される抗体を用いる。生物は低分子量の物質に対しては、抗体を産生することができない。そのため、匂い分子のような低分子量の物質に対する抗体を得る場合には、ウシ血清アルブミン(BSA)やロコガイヘモシアニン(CCH)のような分子量の大きいタンパク質と、ターゲットによく似た構造で、タンパク質との結合に利用可能な官能基を有する化学物質を結合し、これを動物に注射(免疫)する方法がとられる。抗体の作製過程を図3に示す(2)。数回の抗原の注射後、全採血を行い得られる抗体は、ポリクローナル抗体と呼ばれる。これらは精製によりイムノグロブリンGと呼ばれるタイプの抗体のみを回収することができるが、様々な免疫原に対する抗体が混在する抗体である。図4に示すように、免疫原性はないが抗体が結合できる低分子はハプテンと呼ばれ、ハプテン部分を認識する抗体、タンパク質部分を認識するものやハプテンとタンパク質部分を認識する抗体の得られる可能性がある。

図3 低分子抗体の作製方法(2)
図4 低分子化合物に対する抗体

ポリクローナル抗体は、得られた分を使い切ってしまうと、その抗体と全く同じ性質の抗体を得ることは通常不可能である。これは、得られる抗体の性質が、免疫される動物の種類だけでなく、個体差にも依存するためである。そこで、細胞の継体培養によって抗体を得る方法が確立されている。抗体を産生するB細胞は培養によって増やすことができず、骨髄腫細胞は抗体を産生できないが継体培養で増やすことができる。これらの細胞を融合することで、培養できかつ抗体を産生するハイブリドーマ細胞ができる。いくつか融合された細胞の中から、目的に合った性能を持つ抗体を産生する細胞を決定するが、候補の細胞から産生された抗体を酵素免疫測定法(ELISA)やSPRセンサで評価した上で、選択する。決定した細胞を継体培養で増殖を行い、細胞から産出される抗体を回収することで、目的の性能を持った抗体が得られる。この抗体はモノクローナル抗体と呼ばれ、ポリクローナル抗体とは異なり単一の種類の抗体であり、ハイブリドーマ細胞を培養することで、その細胞から産生される抗体が半永久的に入手できる。著者らのグループでは、トリニトロトルエン(TNT)やヘキソーゲン(RDX)などの爆薬に対する抗体やベンズアルデヒド、フルフラールなどの香料に対するモノクローナル抗体、ホモバニリン酸に対するポリクローナル抗体等を獲得している。

4.測定方法と検出

SPRセンサは、タンパク質などの分子量の大きいものは、図5に示す直接法に示すように、抗体をセンサチップ上に固定化し、測定することができる。しかしながら、低分子物質に対しては、大きな屈折率変化を得ることが困難である。したがって、SPRセンサの表面に抗体を結合して、匂い分子を検出しようとする場合、図5に示す置換法や間接競合法などを用いる。

図5 抗体を用いた測定方法

間接競合法は、ターゲット物質に対する抗体、ターゲット、ターゲット類似物質の3者の競合関係を利用する。図6にその原理を示す(3)。TNTに結合するモノクローナル抗体をSPRセンサの表面に流すと、抗体がTNT類似物質と結合し、それに応じて応答が増加する。抗体とTNT類似物質の結合は、pHの変化や界面活性剤を流すと解離でき、ベースラインに復帰できる。次に、TNT抗体溶液にTNTを混ぜた場合、TNT抗体はTNTと結合する。この溶液を同様に流すと、TNTと結合していないフリーの抗体の数が減少しているため、抗体のみを流したときよりも低い応答が得られる。既知濃度の溶液に対して、この時の比を求めることで検量線が得られる。抗体を金表面に固定してTNTを直接検出するよりも、高感度に検出できるようになる。抗体とTNTの分子量が2桁異なるため、屈折率変化が大きくなるためである。

図6 間接競合法の原理(3)
図7 TNTに対する応答特性(4)

間接競合法によるTNTに対する検出限界は表面開始原子移動ラジカル重合を用いてセンサ表面の非特異吸着抑制や抗体とセンサ表面との親和性を最適化し、5.7 ppt (parts per trillion)を実現している(4)。TNTの他、軍用爆薬であるRDXには40 pptの検出限界が得られている(5)。フルーツ飲料に香料として用いられるベンズアルデヒドやフルフラールに対しては、それぞれ、5 ppb、190 ppbの検出限界が得られている(6) (7)。ベンズアルデヒドやフルフラールについては人の嗅覚閾値より低濃度で検出することが可能である。
置換法は、センサ表面の類似物質に結合した抗体を、ターゲットの物質により、解離させる方法である(3)。この場合、間接競合法のように溶液を混合する必要はなく、順次溶液を送ることになる。図8にTNTを置換法で測定した例を示す(8)。抗体溶液を流通している間は、センサ応答が上昇し、キャリアバッファに切り替わると、抗体が自然に解離し始める。この時に、TNT溶液を流通すると、センサ表面上の抗体は、TNTと結合し、センサ表面から離脱することになり、センサ応答が減少する。したがって、置換法は、親和性の少し弱い類似物質と抗体の組み合わせを用いる必要がある。また、サンプル流入から、濃度に応じてセンサ応答減少時の傾きが異なり、10 s程度で傾きでもTNTの検出が可能である。

図8 置換法によるTNTの検出(8)

図9は、ポータブルSPRセンサの試作器による、TNT実証実験の様子である(9)。予めスーツケースに付着させたTNTをワイパーで拭き取り、シリンジ中のバッファに抽出し、置換法により測定する。プログラムは、あらかじめ設定した閾値を超える傾きを検出したら、赤を表示し、TNTの有無を表示する。本実験では、拭き取りから検出まで1分で行えることを実証した。なお、試作装置を元に開発したポータブルなSPRセンサが九州計測器(株)より販売されている(10)

図9 TNT検出の実証実験の様子(9)

5.おわりに

本稿では、SPRセンサをトランスデューサとして、抗体を受容体として、匂い物質を超高感度に検出する手法について述べた。匂いの中で、検出したいターゲットが絞り込まれている場合、抗体を作製すれば、高感度に検出できる。最近は、匂い物質以外の植物や生体関連の低分子化合物の検出にも応用を進めている。

参考文献
2) 小野寺武,三浦則雄,松本清,都甲潔, 計測と制御, 45, 552 (2006).
3) T. Onodera and K. Toko, Sensors , 14, 16586 (2014).
4) R. Yatabe, T. Onodera and K. Toko, Sensors , 13, 9294 (2013).
5) Y. Tanaka, R. Yatabe, K. Nagatomo, T. Onodera, K. Matsumoto and K. Toko, IEEE Sensors Journal, 13, 4452 (2013).
6) T. Onodera, T. Shimizu, N. Miura, K. Matsumoto and K. Toko, IEEJ Transactions on Sensors and Micromachines, 130, 269 (2010).
7) 小野寺武,羅浩宇,馬苗苗,矢田部塁,都甲潔,電気学会論文誌E,137, 121 (2019).
8) T. Onodera, Y. Mizuta, K. Horikawa, P. Singh, K. Matsumoto, N. Miura and K. Toko, Sens. Mater., 23, 39 (2011).
9) 都甲潔, 応用物理, 80, 51 (2011).
10) 小野寺武, 電気学会論文誌E, 135, NL9_2 (2015).

【著者略歴】
小野寺 武(おのでら たけし)
九州大学 大学院システム情報科学研究院
情報エレクトロニクス部門 准教授

■略歴
1996年3月 富山国際大学人文学部卒業。
1998年3月 金沢大学大学院教育学研究科修了。
2001年3月 金沢大学大学院自然科学研究科修了。博士(工学)。
2001年4月 九州大学大学院システム情報科学研究院助手。
2007年4月 同助教。2014年1月九州大学味覚・嗅覚センサ研究開発センター准教授。
2017年4月 九州大学大学院システム情報科学研究院准教授。