表面プラズモン共鳴センサを用いた超高感度匂い物質検知(1)

九州大学 大学院
准教授 小野寺 武

1.はじめに

匂いは生物が嗅覚で感じる感覚であり、センサは五感で得られる情報を代わりに取得するデバイスである。鋭い嗅覚を持つ動物にはイヌやゾウなどがある。イヌは、嗅覚を活かして、警察犬の他、麻薬探知犬や爆発物探知犬として、空港や港湾で活躍している。イヌに匂いを追跡してもらう際の問題点の一つに話す言葉を持たないことが挙げられ、ハンドラーと呼ばれる指導主とペアで活動することになる。人の場合でも専門家を除き、一般の人には、匂いを言葉で表現するのは難しいものである。そこで言葉を介せずに、数値で匂いを表現、さらには視覚的に理解するために研究を進められているのが匂いセンサである。本稿では、表面プラズモン共鳴(SPR)センサを信号変換部として用い、匂い分子の受容体として抗体を用い、これらを組み合わせて、特定の匂い物質を超高感度に検出する匂いセンサについて述べる。

2.SPRセンサ

SPRセンサは一種の高感度な屈折率計であり、プリズム表面にコーティングされた金属薄膜表面(センサ表面)の屈折率変化を鋭敏に観測できる。図1に示すようにプリズム側から光を入射し、全反射に伴うエバネッセント波と金属薄膜表面の電子の粗密波であるプラズモンの波数が一致したときに、共鳴が起こり、反射光強度が減衰する。この角度は共鳴角と呼ばれ、センサ表面の誘電率(屈折率)に依存して、変化する。つまり、センサ表面に物質が吸着すると共鳴角が変化し、その吸着に起因する屈折率の変化を捉えることができる。金属薄膜には、金や銀を用いることができ、取り扱いのしやすさ、安定性の面から、金がよく用いられる。しかしながら、金の表面には選択性がなく、様々なものを吸着してしまい、何を測っているのかわからなくなってしまう。このような吸着は非特異吸着と呼ばれる。特定の物質の検出を行うためには、そのような非特異吸着を極力排除する必要があり、特定の物質のみを検出する表面が必要となる。

図1 表面プラズモン共鳴センサと抗体を組み合わせた測定の原理

このとき、金の表面に受容体タンパク質などを直接物理的に吸着させることもできるが、タンパク質が脱着すると、金の表面が露出して、非特異吸着が生じる可能性があり、測定誤差の原因となる。そこで、自己組織化単分子膜(self-assembled monolayer: SAM)を用い、化学的に結合する。匂い物質のような低分子化合物の検出に、抗体を用いる場合、抗体を基板に固定するよりも、ターゲットの類似物質を固定して、抗体の結合を捉える。間接的に検出する方が誘電率の変化が大きくなり、感度よく捉えることができる。
金の表面に形成するSAMはアルキル鎖の一方の端にメルカプト基のついたアルカンチオールを用いる。この化合物をエタノールなどの溶媒に溶かし、洗浄した金薄膜の基板を浸漬する。するとチオールが金に特異的に結合するとともに、アルキル鎖間のファンデルワールス力によって自発的に集合し、数ナノメートルの厚みの1分子分の膜として配向する。自ら組織立って1分子分の膜を形成することから、自己組織化単分子膜と呼ばれる。

金に結合したチオール基の反対側に、カルボキシル基やアミノ基を持つアルカンチオールを用いると、タンパク質あるいは化学物質のアミノ基やカルボキシル基をアミンカップリング法により共有結合(ペプチド結合)させることで固定することができる。SAM用として、親水性のエチレングリコール鎖を有する試薬も販売されており、センサ表面の作製に有用である。エチレングリコール鎖は親水性で電気的に中性であり、疎水性相互作用や静電相互作用による非特異吸着を抑制することができる。
図2のエチレングリコール鎖を有するSAMは、まずベースとなるSAMを形成し、リンカーにより、エチレングリコール鎖を延長し、ターゲット類似物質を結合し、抗体結合部としている(1)。ヒドロキシル基のあるリンカーは、非特異吸着の抑制能力を高めるために、混合している。アミノ基やカルボキシル基末端のリンカーとヒドロキシル基末端のリンカーの混合比率で、非特異吸着とセンサシグナルのバランスを調整することができ、最適化することが容易である。

図2 エチレングリコール鎖を有するセンサ表面(1)

次回に続く-

参考文献
1) Y. Mizuta, T. Onodera, P. Singh, K. Matsumoto, N. Miura and K. Toko, Biosens. Bioelectron., 24, 191
(2008).

【著者略歴】
小野寺 武(おのでら たけし)
九州大学 大学院システム情報科学研究院
情報エレクトロニクス部門 准教授

■略歴
1996年3月 富山国際大学人文学部卒業。
1998年3月 金沢大学大学院教育学研究科修了。
2001年3月 金沢大学大学院自然科学研究科修了。博士(工学)。
2001年4月 九州大学大学院システム情報科学研究院助手。
2007年4月 同助教。2014年1月九州大学味覚・嗅覚センサ研究開発センター准教授。
2017年4月 九州大学大学院システム情報科学研究院准教授。