IoT時代の光ファイバセンサー(3)

梶岡 博
((株)グローバルファイバオプティックス 代表取締役)

4.光ファイバ干渉計と応用センサー

4.1 光干渉計と干渉条件

光は波なので干渉する。二つの波源からでたヤングの干渉実験は有名である。図4.1に3つのタイプの光ファイバ干渉計を示す。光ファイバ干渉計は一つの光源から出射された光を分岐して分岐光の光路差(位相差)を光の干渉で検出する。(a)のマイケルソン干渉計は身近なところでは医療用OCTに使われている。また数年前のアインシュタインが100年前に存在を予言した重力波の観測にもこのマイケル干渉計が使われている。(b)のマッハツエンダ干渉計はL.MachとL.Zehnderによって1891年にほぼ同時に考案された。筆者も光ファイバをカンチレバーの上下に張り付けた歪センサーを試作し干渉縞を観測した経験がある。(c)はリング干渉計でリングを左右両方向に伝搬する光の位相差を測定する。光ファイバジャイロはリング干渉計の光路を光ファイバで構成したものであり、次章で詳しく述べる。

図4.1 光ファイバ干渉計の種類

図4.2はマッハツエンダ干渉計で干渉縞の観測をしている様子を示している。我々は経験上A端とB端から出射される偏波面が一致し、干渉性のある(コヒーレントな)光源の時に干渉縞が生じることを知っている。すなわち光が干渉する条件は光源から出射された二つの光の偏波面の整合と光源からの距離の差(光路差)がコヒーレント長以下であることである。光の干渉は重要な現象なのでこの命題の理由を考えてみたい。レーザの国際会議で常に”What is light?”、 “The nature of light.” 等のテーマのチュートリアルがあるように光の正体はいまだ神秘的である。ここではハイゼンベルクの不確定性原理を考える。
同原理によると光のエネルギーと時間の観測誤差は以下の関係がある。ここでhはプランク定数である。

図4.2 光干渉縞の観測の様子

ΔT・ΔE ≥ h・・・(1)
これを変形すると

ΔX ≥(λ2/Δλ)・・・・(2)

となる。(2)式の右辺はいわゆる光源のコヒーレント長である。つまり光源が決まると二つの光の光源からの距離の差がコヒーレント長まで広がっても干渉する。次に偏波面の整合が干渉に必要な理由について考える。図4.2で同一偏波の場合A端、B端のどちらから出射したかが識別できない、すなわち位置誤差ΔXがあるのでエネルギーが観測できる。すなわち干渉縞が見える。A端とB端から直交した偏波が出射された場合は干渉する光子が偏波状態で区別されておりどちらの端子から出射したかの位置誤差(あいまいさ)はない(ΔX=0)のでエネルギーの観測誤差は無限大になり干渉縞が見えない。これは筆者の考察であるので物理学のご専門の先生にご批判をいただければ幸いである。

4.2 光ファイバジャイロ

リング干渉計が回転するとリングを両方向に伝搬した光の干渉光が回転の速さに比例して変化するので角速度が計測できる。この現象は1913年にフランス人のSagnacによって発見され、発見者に因んでSagnac効果と呼ばれる。リングを光ファイバで構成した光ファイバジャイロ(FOG:Fiber Optic Gyroscope)は1976年にValiによって発表された。FOGにはオープンループ型とクローズドループ型の2タイプある。ここでは図4.3に示すオープンループ型について説明する。

図4.3 オープンループ型FOGの構成

FOGは光干渉センサーなので光ファイバには偏波面保存ファイバ(PMF:Polarization Maintaining Fiber)が適している。オープンループFOGは光ファイバのみならず分岐器や偏光子などの光部品がすべて光ファイバ型で構成できる。筆者は1970年半ばから日立電線(現日立金属)で通信用光ファイバ・ケーブルの開発に従事した。1970年後半からは日立製作所中央研究所の指導のもとPMFの開発に従事した。当時PMFは将来のコヒーレント光通信用に使われる可能性があり、またジャイロスコープなどの計測用への適用の可能性も指摘されていた。当時の会社のトップから新製品開発はメーカ存続の鍵であるのでPMFのみならずFOGを開発するような指示が降りた。

図4.4 楕円ジャケット型PMFの断面写真

このような背景のもと図4.4に示すPMFを世界で初めて商用化に成功し1983年に日刊工業新聞の10大新製品賞を受賞した。一方FOGを開発するために1980年代後半に関連の光部品も開発し1990年はじめに産業用のFOGの商品化に成功した。その後1990年代初めにトヨタ自動車マークIIなどの高級車のカーナビ用にオープンループFOGを約1万台納入し、「カーナビ用光ファイバジャイロ」で1993年度のIR100を受賞した。当時はGPSも普及しておらずFOGで自立航法ができた。その後GPS用衛星が打ち上げられ、道路地図も高精度化され、マップマッチングソフトも登場したためジャイロは安価な振動式に置き換えられた。しかしFOGはその他の用途で今日まで20数年間にわたりロングセラーとなっている。FOGは光ファイバが囲む面積に感度が依存する。光ファイバ長を1km、ファイバコイル直径が10cmの場合、0.1度/時オーダーの回転角速度が検出できる。弊社にある手のひらサイズのサンプルFOGは地球の自転角速度(24時間で1回転、15度/時)を容易に計測できるわけである。一般にFOGは筋の良いセンサーだと言われている。Sagnac効果は相対性理論によって証明できる。また最小角速度分解能は不確定性原理によって導かれる。FOGは今日の物理学を支える2つの理論に支えられている。そのほかFOGには前述した光ファイバのメリットがある。現在まで実用化されているFOGのもう一つの応用としてフェンス(侵入)センサーがある。